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アルトちゃんとの出会い

「あーもー!アルトちゃん!仕事行くよ!歩いてよ!ねぇ!」


「むー…やだ…ねる…あと5時間だけ…」


「今日行くって言ったのはアルトちゃんでしょ!ほら行くよ!」


「やー…この枕で安眠するー…」


「胸を掴まないでよ毎回毎回~!」


ミェルストーレ第三階層の一等地に建つプリマヴェーラ家の中でまた、当たり前のように2人の声が響き渡る。現在コロニーの気候設定は3月下旬の穏やかな寒さ。ダウンを羽織る程でもないが春服を着ると寒いなんとも言えない中途半端な季節である。


そんな彼女たちの様子を見る何人かの姿がそこにあった。


「またやってる…」


「いつも仲良しだよね、あの二人~…」


偶然通り掛かったセレナータとマキナがその様子を見て話を始める。


「たしかアークスに入った時からの友達なんだよね?」


「えぇ、そうですよセレナータ様…」


話に割り込むようにシトラスが話を始める。


「聴きたいですか?アークスに入る時から今までのお話!」


「そりゃ私は気になるけど…テンション高いねぇシトラスちゃん…」


「私も気になるな!なんであの二人があんなに仲がいいのかって!」


それを聞くとシトラスはコホンと咳払いをして静かに話し始める。


「あれはアークス認定試験会場でのことでした…」




時は遡り数年前、ヴェルデが事故によってキャストとなった事故の少し後のこと。


希望を胸にアークスシップ内の試験会場の前に立つ2人の緑髪少女が今まさに入ろうとしていた。


「…では私はこちらです、お姉様、どうかお気をつけて…」


「そんなかしこまらないでよ…でもわかった、大丈夫!リモーネも頑張ってね!」


互いの健闘を祈り受付を済ませそれぞれ別の部屋に入っていく。


ヴェルデは案内された席に座るよう促され、指定通りの席につき、辺りを見回す。


無機質な印象を受ける部屋、近代的で傷一つない机に椅子が4つ置かれた小部屋、壁にはモニター画面が映し出されており、席に座る受験者の番号が記載されている。どうやら自分以外には1人しかいないようだ。


そしてそのもう1人は隣の椅子で焦点の合わない目でぼーっと壁の隅を眺めていた。


(…だ、大丈夫なのかなこの子…)


そう思いながら恐る恐る隣に座っている銀髪の少女に話しかける。


「ね、ねぇ、大丈夫?」


「…んー…んぁ、うんー…」


まどろんだ目付きでその少女は答える。


「あなたも一緒に試験受けるんだよね?お互い頑張ろうね?」


「…んー」


(だめだ…すごい掴みどころのない子…)


長くさらさらとした銀髪にハリのある褐色の肌、透き通るような赤い瞳に細身の体という完璧を体現したが返事と目付きで台無しになっている子、これがヴェルデにとっての少女への第一印象であった。


「えーっと…私はヴェルデ、あなたは?」


「ん…アルト…」


「アルトちゃん…か…よろしくね!」


「ん…よろしく…」


それだけ言うとまた寝ぼけ眼で見えない何かを見始める。


(…変な子…私が言えたことでもないけどないかもしれないけど…)


そんな微妙な空気の中、時間は過ぎ、筆記試験、事前検査内容の提出、適性検査など、様々なテストを2人で受ける。



終始うつらうつらとしていたアルトが覚醒したのは最後の実技訓練試験であった。

適性検査で出されたクラスの武器、もしくは自身が希望した武器のレプリカを使用してVR空間上に投影された小型エネミーのモデルを倒すという内容である。


彼女が選択した武器は抜剣。


支給された模造の抜剣を握り締めると彼女の目つきは変わった。

試験の開始と同時に四足歩行の小型エネミーがアルトに爪を振りかざす。

それを見るが早いか動くのが早いか、その刹那エネミーのふりかざした爪は抜刀と同時に見事に弾かれ無防備な首筋に一閃を与える彼女の姿がそこにはあった。


「うるさい…なぁっ!!」


叫んだ時首元に刺した抜剣を振り上げ、地面に伏したエネミーに追い討ちをかける彼女の姿がそこにはあった。


「…すごい…」


思わず感嘆の声がヴェルデの口から漏れる。


驚きを隠せないのは彼女だけではなく、審査担当の教官や見学していた上層部の人間も同じであった。


試験終了を知らされると同時に次の受験者、ヴェルデが呼び出される。


「…これの後に私って…えぇー…」


その様子を見たアルトは抜剣を納刀しつつ振り向いて声をかける。


「大丈夫簡単だからー…」


「…そうは見えないけどなぁ」


そう呟きながら彼女はVR空間に入る。


彼女が選択した武器はジェットブーツ。


昔習っていた護身術が蹴り主体のものだったこととよく遊んでいたゲームの影響である。

試験が始まり、小型エネミーが先ほどと同じように爪を振りかざす。


「えーい!もうなるようになれっ!」


でたらめに放った右足でのキックは敵の前脚を捉え、ブーツの刃で爪を受け止める。


「…やれるっ!」


ブーツの推力を生かし蹴りあげた右足を軸足として左足で敵の胴を捉え体を浮き上がらせる。


「ええーい!あっでゅーーーーー!!」


浮き上がらせた敵の胴に強烈なムーンサルトが炸裂し、地面に敵をたたきつける。


決して手際のいいものとはいえないが対応としては良いものを見せたヴェルデは肩で息をしながらVR空間を出て行った。


会場を出てすぐの待機スペース、無機質な会場と違い緑が映える空間は試験の結果を待つ人が多く集まっていた。


「あれ、アルトちゃん?」


「んぁ…あーヴェルデ…」


「結果待ち?」


「ん…」


「まぁあれだけ出来れば大丈夫だと思うけどね…アルトちゃんは…」


そうこうしてるうちに結果が貼り出される。


「あ、あそこ…」


アルトの指さす場所には2人の番号が書かれていた。


「あ…二人とも受かってる!やったぁ!」


「ん…よかったねー…」


2人で喜んでいるところに通知音が聞こえる。


「メール…リモーネから?」


「だれ?」


「私の自慢の妹!一緒に受けに来たんだけどあの子も大丈夫だって!」


「おめでと…」


合格者の手続きを済ませ、諸々の書類を作成し終わるとすっかり夜になっていた。


「さぁーて!帰ろっと!アルトちゃんは?近くに住んでるの?」


「ううん…家は…ちょっとはなれた惑星…」


「こっちに引っ越すの?」


「部屋を支給してくれるって…でもまだ準備出来てないから…今日はどこかのホテル…」


「…もし嫌じゃなければだけど、私の家、来る?少し遠いけど…」


「…だいじょぶ…」


「そう?大丈夫ならいいんだけど…そこらのホテルよりふかふかなお布団だしご飯もあるよ?」


「じゃあ行く」


「えっ?」


「行く」


「…ご飯につられた?」


「そんなこと…」


そう言いながらシャトルを乗り継いでコロニーに戻りエレベーターでヴェルデの家がある階層へ向かう。


「…おっきい家ばっか…」


「この辺は富裕層が多いからね、お屋敷もお店もいっぱいある…」


「あれとか…すごいおっきい…」


そう言ってアルトは少し遠くに見える赤い屋根が目立つ一際大きな屋敷を指さす。


「あ、あれかぁ…えへへー…」


「…何笑ってるの」


「いやあそこね…私のおうち…お父様が10年ちょっと前に建てたんだけど、見栄っ張りで周りよりかなり大きいの作っちゃって…今住んでるの私とリモーネとメイドが数人だけなのに…」


「…お金持ち?」


「そこそこ、かな?周りを見れば私以上なんていくらでもいるし、上流階級になれるくらいにしか…」


そんな話をしながら綺麗に舗装された道路を歩いていると気がついたら屋敷の前に到着していた。


大きな門と身長より少し高い柵に囲まれた赤い屋根の大きな屋敷とそれの別館が2棟。門から屋敷の玄関までの道と庭には白い石畳の道や季節の花などで彩られている。


そんな外観を見てアルトはぽかんとした表情でヴェルデをみつめる。


「着いたよアルトちゃん!…どうしたの?」


「…すごいとこにいる…」


「遠慮はいらないよ!そんな格式高いおうちとかじゃないから!」


「お帰りなさいませ!お嬢様!」


声の方を向くとヴェルデに似た緑髪のメイドがきりっとしているがどこか優しげな表情で出迎えていた。


「ただいま!ねぇシトラス、晩ご飯はまだ残ってる?二人分…最悪一人分…」


「二人分だろうと二十人分だろうと大丈夫ですよ!お客様がいらっしゃると聞いて少し張り切りすぎたので!あったかいミートシチューとふわふわのパンが待ってますよ!」


「シチュー!パン!たくさん!」


「…がっつくねぇ」


目を輝かせるアルトをみて喜んだのか、凛とした表情が完全に消え去ったシトラスはにこにこしながら2人を食堂へ連れていく。


まるで高級レストランをそのまま移設したような食堂に通され、皿になみなみと盛られたシチューと山のように用意された雲のようにふわふわのパンが運ばれる。


「必要になるとは思いませんが、おかわりも用意してますので、遠慮なくお申し付けください!」


「いただきまぁす!!」


そう言った途端アルトは素早くパンを取り、スプーンでシチューをよそい、食べる。一見行儀の悪いように見えるがその食べ方にはどことなく気品があり、こぼしたりすることも一切ない。


そしてその顔には満面の笑みが溢れていた。


「…こんな美味しそうに食べる人、私初めて見るなぁ」


「私もです、お嬢様…なんか、こう、メイド冥利に尽きますね、ほんとに…」


そして何度かのお代わりを繰り返し、鍋の底がもう少しで見えてくるあたりで満足したアルトは幸せという言葉をそのまま表情にしたような恍惚とした顔で椅子に深くもたれ掛かる。


「今日はもう休む?」


「ん…」


そう答えるとアルトは屋敷の最上階の客室に通される。


内装はリゾートホテルのスイートルームそのものであり、ふかふかのソファとベッド、高級な石材を素材としたテーブル、身の丈より少し小さな冷蔵庫にはワインや瓶入りのジュースなどが冷やされ、最高のくつろぎの空間が完成されていた。


「久しぶりのお客様ですので、少しばかり張り切らせていただきました!いかがですか、アルト様?」


「ふぁあ…わたしもうここに住む…」


そう言うとベッドに倒れ込み、そのまますやすやと寝息をたてはじめる。


「…よっぽどおつかれだったのでしょうか…おやすみなさいませ、お部屋の鍵と呼び鈴は置いておきます…」


そう告げるとシトラスは一礼して部屋のドアを閉じる。


「お嬢様…アルト様は部屋に着くなりすぐにお休みになられました…」


「そっか…ありがとね、シトラス…おやすみ…」


ヴェルデは自室へ戻って慣れ親しんだ布団に入りスリープモードに入る。


翌朝、アルトは朝食も細い体では考えられないほど大量に食べ、二度寝したことは言うまでもない。




「……そして、今の今まで時々家に泊まりに来ては食事を食べて寝てと生活してるわけで、一緒に生活していたら気がつかないうちに親友になっていた、という具合なんですけど…改めて語るといろいろとあれですね…」


「……たしかに…居候してるの、私だけじゃなかったんだ…」


「たしかによく考えたらなんだかんだでアルトはいたもんね~…そういえば…」


「そろそろお家賃をいただくべきでしょうか…?」


「わ、わたしは払うよ?ヴェルデ姉にはお礼もしなきゃいけないし…」


「そのあたりはヴェルデ様と相談していただかなくては…」


こうして屋敷の時間は過ぎてゆく。


アルトたちがこの先どうなって行くのか、またヴェルデたちの屋敷に居候をするのか、彼女はまだ考えていないが、今日と明日のご飯はきっとここで食べるのだろう。

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