始まりのお話セレナータ・ウィスタリア編
「お誕生日おめでとう!ソプラノちゃん!」
「…ふぇ?」
自室に転がり込んだ緑髪の少女は目を丸くして驚いた。
誰も入ってこないはずの自室に友人が何人もいるのだ。
「今日でしょ?9歳の誕生日、お母さんに無理言って押し入らせてもらったんだ!」
紫髪の少女は得意げな顔で事の経緯を話した。
「また無茶なことしてるよメランコリってば…昼間は戦闘が起こって危ないから出かけないことって政府からの勧告も出てるのに…」
ここは小さな国の小さな集落。隣国の内乱に巻き込まれ、戦場と化しているが隣国から入る賠償の方が経済価値があると判断されて戦場として選ばれてしまっている。
少女は自室の窓を覗き込み、人影を探す。
「とにかく、今日は早く帰って兵隊さんに見つからないように帰るんだよ?もうすぐ日が落ちるから少しは戦闘も収まるはずだし…」
外の兵士は今はいない。帰るならば夕暮れ時の今出るのが最適だと少女は考えた。
「ソプラノちゃん…送って?」
「そんな無茶な…」
「…だよねぇ…私、今日は大人しく帰るから、明日の朝、1番にお菓子と飲み物持ってそっちに行くから!お祝いにみんなで行くから!」
「あ!ちょっとー!」
言いかけた途端に少女は窓から屋根へ飛び移り森の木々に消えて行く。
「あんまり危ないことして欲しくないんだけどなぁ…みんなも早く帰らないと危ないよ?」
そう声をかけるとある人は礼儀正しく玄関から、
ある人は窓から一人一人出ていく。
また明日、またくるね、と告げて子どもたちは部屋を出た。
「明日も来るの…危ないことしないでほしいって言ったじゃん…もう…」
口ではそう言っているがその表情はどこか嬉しいと思う感情が見えていた。
また今日も、楽しい一日だった。
きっと明日はもっと楽しい一日になるだろう、そんな予感を胸に明日を待つのであった。
やがて夜になり、ベッドに横たわる。いつも窓際に置かれていたベッドは流れ弾の危険のため壁側に移された。
寝る前に夜空が見えないのは残念だったが、そうも言ってられない。
段々と瞼が重くなり、体は疲れを感じ、眠りにつく。
…真夜中、彼女は人々の悲鳴や鳴り響く銃声、木々が家が燃える臭いで目を覚ます。
「な、なに…?」
困惑する彼女は下に降り、両親の安否を確認しに行く。が、その姿は家のどこにも無い。
「どうして…何が起こったの…」
不安に満ちた表情で一人呟いた。
その時、自室の窓が割れる音がした。
「ソプラノちゃん!生きてる!?」
聞き覚えのある声が聞こえてくる。
その聞き覚えのある方へ向かい、メランコリと合流を果たした。
「メランコリちゃん…これは…なんなの…」
「…あいつら、いつもの兵隊さんじゃない…たぶん、もっと別の 集団だと思う…ここに来る途中、他の子や大人の人…お母さんが…どこかに連れていかれるのを見た…ここも安全じゃない、逃げなきゃ。」
いつになく焦った表情と声色だった。
その時、下の方から大きな物音が聞こえた。
「誰か来た!?」
「ど、どうするの?メランコリちゃん!?」
「どうするもなにもこのままだと良くないよ…とりあえず隠れなきゃ、捕まっちゃうよ!」
そう言うとメランコリはソプラノの体を急いでベッドの下に隠し、自分も同じように隠れた。
下の階からさらに大きな音が聞こえて、何人かの重い足音が聞こえてきたのはちょうどその時だった。
「メランコ…むぐー!」
慌ててソプラノの口を抑える。
「だめ…!見つかっちゃうよ…!」
1歩、また1歩と重い足音、危険な足音が近づいてくる。
ドアの隙間から明確な悪意を感じる。
大柄な男とホルスターに収まった散弾銃の猟奇的なフォルムがソプラノたちの恐怖を一層引き立たせた。
何度もドアを開ける音が聞こえ、
そしてついに自室のドアが開かれた。
クローゼットの中、布団の中、家具の裏とくまなく探され、ベッドの下に手が伸ばされる。
すべてを諦め、終わりを迎えようとしたその時、男は急に耳に手を当て、何かを話しながら去っていった。
「た、助かったの…?」
「とりあえず、あいつが帰ってこない保証はないし、逃げなきゃ、窓から屋根を伝ってとりあえず街を出よう、二人一緒ならきっと大丈夫だよ。」
そう言ったメランコリの足が震えていたのをソプラノは見逃さなかった。
「行くなら早くしなきゃ、ね?」
「う、うん…分かった。ソプラノちゃん、着いてきて!足元と周りに気をつけながらね!」
そう言って見つからないよう、慎重に屋根を走り抜ける。
走って、走って、走り続けた先、
街の出口まで50m程の広場、そこに武装集団の姿が見えた。
「!!隠れて!ソプラノちゃん!」
そう告げると彼女は窓を開けて部屋の中に隠れる。
ふと足元に柔らかい感覚を感じる。
反射的に足元を確認した。してしまった。
兵士がここで殺されていたのだ。
「ひっ…血、血が…すごい…」
「だ、大丈夫?ソプラノちゃん…」
「う、うん…と、とりあえず、持っていったほうがいいよね、この銃…」
そう言うと腰があったであろう位置のホルスターから拳銃を取り、震える手で握りしめる。
それに倣ってメランコリも手元のライフルを抱え、部屋を出ようとする。
その時だった。
窓ガラスが割れ、弾丸が頬を掠める。
思わず後ずさりしてしまう。
「やっ…」
「そっち!?」
そう叫ぶと持っていたライフルを乱射する。
狙いのつかない弾丸はあさっての方向へ飛んでいく。
その時、後ろの方からからんという乾いた金属音が聞こえた。
「!!ソプラノちゃん!危ない!」
不意の一撃に対して身を挺してソプラノを庇う。
そして高周波を伴う轟音、視界を塞ぐ光、熱、痛みがメランコリを襲う。
「ぐ、う゛ぅうあぁぁぁぁぁぁ!!!」
痛い。熱い。左目の奥が熱い。まるで焼きごてでも押し付けられてるかのような熱さと痛みに苦しみ、声の限り叫ぶ。
「メランコリちゃん!メランコリちゃん!」
ソプラノの必死な叫びも聴力と視覚を奪われたメランコリには届かない。
「は、早く逃げなきゃ…メランコリちゃん、手、貸して!」
強引に手を引いて街の出口の側の茂みに隠れる。
暫くして、メランコリの聴力と右目の視覚が回復してきた。
茂みの外では武装集団が今でもソプラノたちを探していた。
「あ…あぁ…」
「大丈夫だから…大丈夫だからね、メランコリちゃん…」
泣き出しそうな目と火傷が目立つ目をしたメランコリをなだめて、こう言った。
「…こうなったらもう一走りして街から出て助けを求めよう、せーので一斉に走り出そうね、出来る?」
「ぅ、うん…」
それを聞くと少し安心したのか、ソプラノの表情は何かを決めたような顔つきとなり、続けてこう言った。
「ねえ、ちょっとこっちに来て?」
メランコリを自分の側に引き寄せ、そっと抱きしめる。
「…う、うぅ…!」
「…ごめんね、ちょっと寂しかったから…うん、よし、元気出た、じゃ、行くよ!…これが最後かもしれないから……」
「……ぅ…!」
「せーの!」
「だ、だ……め……ぇ!」
メランコリの制止も聞かず、ソプラノはメランコリを出口の方に押して、自分は武装集団のいる方へ駆けていき、拳銃を放つ。
「丸腰なんかじゃないよ!あなた達をこ、殺して逃げ延びる!」
慣れない叫びをして、建物の方へ逃げる。
後ろの方へ弾をばら撒きながら道を走り抜ける。
メランコリは左目を抑えながら逆方向に林道を走り抜ける。
その目には大粒の涙が浮かんでいた。
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