「緊急作戦?」
「…あぁ、対象はあのデウスや、動けるのはうちらだけ、先に行った奴らの連絡が途絶えとる…ヴェルデはん、いけるか?」
「もちろんよ!アルと一緒なら私、誰にも負ける気がしないよ!」
話の内容とは裏腹に明るい表情で話を続ける2人。彼女たちが請け負った仕事はデウスエスカの討伐。緊急作戦で出現したエネミーだが特殊な事例があったらしく斥候のアークスとの連絡が途絶えたため少数精鋭での戦闘員を派遣し、救出及び本隊到着までの時間稼ぎをしろという仕事だった。
草花の香りにフォトンの流れ、そしてその場に相応しくない大型が一体。対象エネミーを補足した2人は力尽きた斥候を横目に戦闘の準備を行う。
「見逃すわけ、あらへんな?ヴェルデはん…」
その言葉にヴェルデは頷く。
「当たり前だよ!私たちを敵に回したこと、後悔させたげよ!」
そう言い放つと音楽プレーヤーを自身の義体のバリアユニットに装着し、敵の元へ駆け出しながら叫ぶ。
「ヴェルデ・ディ・プリマヴェーラ、シエロエールモジュール!行くよ!」
それと同時に彼女の体にまとわりついた装甲が翼の形をなし、2本の剣を手に取ると天高く飛び上がる。狙いは敵のコア部分。
「せやったら、うちも負けちゃあおれんなぁ…うちもやったる、あんじょうやらせていただきますわ……」
そう言ってゆっくり立ち上がり愛用のドスを腰に構え、敵の範囲攻撃に合わせ、居合の型で敵の骨格にあたる部分を短い刃が捉える。
傷は浅いとみたアルストロメリアは切りつけた部位を踏みつけ、ヴェルデの元へ飛び上がる。
「一撃で仕留めたれ!ヴェルデはん!」
その言葉に合わせるように2人は弱点を捉え攻撃の体制を取る。
「堪忍な!このっ!!」
手にしたドスに謝りながら弱点部位にドスを突き刺す。
「だったらこれで決める、ステラエール転送!ジーカーブースタで決める!」
義体の姿を変えながらジェットブーツに武器を変え、あたためられたモーターをフル稼働させて渾身のミドルキックで突き刺さったドスを捉える。
蓄積されたダメージに大きな衝撃が加わり敵は巨体を揺らして地に伏せったかのように見えた。
その刹那、一瞬の隙を見つけ巨大な触手のような腕をヴェルデに飛ばす。
フリップによる緊急回避で急所を外して受けつつもその攻撃は止むことを知らない。
「…ぁ、やっちゃった……?」
思わずそう呟いた時、眼前には光る地上から聳えた蔦が自らの義体を捕えんとしていた。
もう回避するだけのブーストは残っていない。
「っ……はっ………」
苦悶の表情を浮かべ、地に落ちるヴェルデ。
義体の羽は無残に折れて電流によって形作られた電磁装甲が形をたもてなくなり、液状化して流れていく。
「ヴェルデはんっ!!」
そう叫ぶ声ももうはっきりと聞こえない。
風穴の空いた腹から暖かい人工血液が流れ出る。
「にげ……て……ア……ル……」
「嫌や……いやに決まっとるやろ……」
「にげ…ないと……奴が……」
ヴェルデの指さす方向、アルから見て左側、大剣を構え大地ごと2人を消し飛ばさんとするデウスの姿が見えた。
「……嫌や……うちは……」
そうしているうちに力を込められた大剣は振り下ろされた。
風を切る音が聞こえ、命は潰えたかのように見えた。
「……チッ…触れんなや、貴様アアアアアアッッ!!」
激昴し、刀も何も持たない腕を力の限り振る。
気がつくと大剣は根元から折れ、刀身は彼方へと飛んでいく。何も持たないはずの右手には形が揺らめいた藍色の大太刀が一振り握られていた。
「なんや……これ……っっ!!」
呆然とした彼女の頭に堂々とした声が響く。
「我が主人よ…今こそ発せよ…我の名をぉ!!」
なんのことかはさっぱりとわからない。
正体も心当たりも何も無い。
だがアルは記憶にも何も無い言葉が不思議と口から溢れ出る。
「…魂、尖らせて……神刀抜刀!!鬼炎篝!!」
その言葉と同時に手にした刀は形作られ、青白く光る焔に包まれた刀を握りしめ、敵の頭部まで勢いよく飛び上がり、力の限り振り下ろす。
「死に晒せや外道がァァァァァ!!!」
炎の勢いが増し、切り裂かれた体から青白の炎が吹き出る。炎は勢いを落とすことなく、蔦に燃え移り体を焼いていく。
地上に降りたアルストロメリアはヴェルデの元へふらついた足どりで駆け寄ると、
「…ほんとやなぁ…2人なら…負ける気、せぇへんわ……」
そう呟いて意識を失った。
目が覚めると二人ともベッドの上、ヴェルデは通常義体に換装され頭部にケーブルを繋がれてメインプログラムの異常がないかを点検されていた。
あれは夢だったのだろうか。…いいや、夢であるはずがない。
「…夢やなかったんやな……うちは……ヴェルデはんを……守れたんやな……」
そう呟くアルストロメリアが寝ているベッドのサイドテーブルには傷だらけになった愛用のドスが置かれ、煤と焦げの目立つ銘が入った大太刀が立てかけられていた。
後に作られた本隊の作戦報告書にはこう書かれたという。
[原因不明の蒼炎により対象エネミー本隊到着時既に沈黙]
数週間後のプリマヴェーラ邸。
年明けまで半月を切った屋敷の中では飾り付けが施され、鈴の音色が所々から聞こえてくる。
「…マキナはんはおるか?」
呼びかけに気がつくと銀髪の少女は気だるげに振り向く。
「おーアルちゃんだ…どしたの?」
「2つほど、手入れを頼みたいんよ、篝火はともかく、こっちはうちにゃ分からんことだらけや…あんたにいろいろ調べてもらいたいんや」
「ん……おっけ……解析の結果出るまでしばらくかかるからシトラスちゃんにお茶でももらってて~…わたしそういうのしない人だから…」
ソファベッドから体を起こすと着崩れたエプロンを直して手袋をつけて大太刀を解析装置に固定し、スイッチを押す。
正常に動作することを確認した後、作業机からスプレー缶や研磨剤を取り出し、ドスの刀身を磨き上げ、鞘の禿げた塗装を塗り直し、がたついた金具を組み直す。
数週間後、新品同様に補修されたドスと磨かれた大太刀を手に持ったマキナが戻ってくる。
「どうやったんや?マキナはん?」
難しい顔をしながら彼女は答える。
「ドスの方はね、もうね、完璧、これで刃こぼれでもしよう物なら使い手が悪いよもう、でさ、本題はこっち…この刀さ…材料が全然わかんない。悔しいけど。」
「分からない…やと?あのマキナはんが?」
そう言うとマキナはちょっと不機嫌そうな顔で話を続ける。
「ほんっと悔しいけどね…とりあえず私が言えるのは1つ、この刀、どれをとってもこの宇宙にある材料じゃない。もっと別の…異世界とか異次元とかから来たとかじゃないと説明がつかないや。
ただ似た性質の合金を作ることは出来そうだから、修理とかは出来るよ。…飾り紐とか鞘の内側とかはさっぱりわかんないけどさ」
想定外の言葉に驚くアルストロメリア。
あの天才の知識と機械に分からないと言わせたこの刀は本当になんなのか、未知の得物に不安を抱きつつ、屋敷を去る。
「…神刀…か…もしかしたらほんまに神様の刀なのかもなぁ…」
何気なく呟いた言葉は誰に聞こえる訳でもなくクリスマスの訪れに喜ぶコロニーの人々の声に消えていった。
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